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	<title>馬鹿ラッチ2.0 &#187; Kindle</title>
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	<description>日々の戯れ言、綴ります。</description>
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		<title>太宰治の「斜陽」読了。キンドルで。</title>
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		<pubDate>Mon, 21 Dec 2009 15:03:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ボーノ</dc:creator>
				<category><![CDATA[小説、映画]]></category>
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		<category><![CDATA[太宰治、小説]]></category>

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			<content:encoded><![CDATA[<p>
キンドルで。っていうのは別になくてもいいんだけど、一応事実なので。あ、後、ネタバレありなので、これから「斜陽」を読む可能性がある人はこのエントリーはもしかしたら読まない方がいいかも。<br />
<br />
そんな前置きはともかく、読んだねー「斜陽」。太宰作品はこれで「人間失格」に続いて2作目だけど、私は「斜陽」の方が好きだなー。「人間失格」はあまりに自分のことを書きすぎていて、どこか小説の体をなしていない、というか・・・むしろ、独白そのものであるからこその迫力はあるんだけど。そこへ来ると、この「斜陽」は主人公がまず女の人である。太宰自身の分身では決してない。そしてプロットも、最後のシーンで、主人公かず子が上原に対して、上原の奥さんに自分が身ごもった子供を是非とも抱いてもらいます、と迫ることで、物語として見事に纏まっている。<br />
<br />
<span id="more-1465"></span><br />
<br />
話の序盤は、没落していく貴族出身の母娘を静かに描いていて、いつぞや読んだチェーホフの様だな、と思っていたら、小説の半ばでかなりチェーホフについて言及している部分があり、本当にチェーホフの戯曲を意図して真似てたんだと分かった。<br />
<br />
ところがどっこい。母親の死の克明な描写あたりから小説の雰囲気が変わってくる。そして、突然の直治の死。直治の遺書によって直治自身の背負った業を聞かされる辺りの物語の展開のうまさは、なんだか松本清張にも通じるものがある。(果たして松本清張は太宰に影響を受けたのだろうか？)<br />
<br />
直治の遺書は、やはりそのまま太宰の心模様を写した内容になっていると思うが、・・・これは冒頭にも書いたけど、最後にかず子が妊娠し、上原の奥さんに我が子を抱かせることで、直治のささやかな希望を叶えようとして、話が終わるのは見事。同じ”貴族”でありながらも、生きることが出来なかった直治と、雑草の様に生き抜く覚悟をしたかず子の姉弟の違いには考えさせられるものがある。<br />
<br />
それにしても、太宰は罪作りだなぁ。作者の太宰自身が入水自殺という形で命を終えていること自体が、それぞれの小説に微妙な意味を持たせている。<br />
<br />
さて・・・来週のサザエさんは・・・ではなく、太宰は滑稽話もうまい、ということを小耳に挟んだので、今度はそっち方面の作品も読んでみたいと思う。</p>
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		<title>キンドルで読む人間失格。</title>
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		<pubDate>Thu, 10 Dec 2009 14:32:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ボーノ</dc:creator>
				<category><![CDATA[小説、映画]]></category>
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		<category><![CDATA[Kindle]]></category>
		<category><![CDATA[小説]]></category>
		<category><![CDATA[太宰治]]></category>

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		<description><![CDATA[太宰治も、まさか60年後に自分の本が電子ブックで読まれるとは思ってなかったであろう。しかししかし「青空キンドル」のおかげで、再び日本文学が熱い。・・・まあこれには日本語でまともに読める書物が今のところ、青空文庫にある様な [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
太宰治も、まさか60年後に自分の本が電子ブックで読まれるとは思ってなかったであろう。しかししかし「<a href="http://a2k.aill.org/" target="_blank">青空キンドル</a>」のおかげで、再び日本文学が熱い。・・・まあこれには日本語でまともに読める書物が今のところ、青空文庫にある様な、著作権の切れた古い作品しかないから、という理由もあるのだけれど。<br />
<br />
ともかく私のキンドル読了本、記念すべき第一作目は太宰治の「人間失格」だった。私、この歳(36歳!)にして太宰作品に触れるのは初めて。三鷹に住んでいた時は、しょっちゅう太宰が入水心中した玉川上水の辺りを通って井の頭公園に行ったりなどしていたんだけどね。<br />
<br />
さて、ババーンと私の拙い書評など。<br />
<br />
<span id="more-1323"></span><br />
<br />
<strong>「私は、その男の写真を三葉、見たことがある。」</strong><br />
<br />
書き出しがなんか凄い。別に特別なことはどこにも書いてないのだが、物語の展開を期待させる上で、これ以上の導入はそうない。話の内容は・・・まあウィキペディアとかに載ってるからそちらを参考に(笑) ・・・よく村上春樹の本を読んで、自分のことが書いてある！と驚愕する人は多い。私も極くフツーにその中の一人であった。そして私は残念ながらというか、この物語の主人公の葉蔵にも深い共感を持ってしまった。残念ながら、というのは、この葉蔵、自他共に認める人間失格者であるからである。<br />
<br />
葉蔵は他人を信じることが出来ない。理解することが出来ない。故に他人は恐怖の対象でしかない。道化に成りきり、架空の人格を築いて、なんとか世の中を渡っていこうと・・・生きていこうとするが、人生で何度かその道化を見破られ、文字通り、死んだ方がマシなぐらいの恥辱を覚える。私も葉蔵ほどではないが、陰鬱で、極く稀に饒舌になるときもあるが、基本的には沈んでいる。そして他人が怖い。私の場合は他人につまらない思いをさせたり、他人の期待に応えられなかったりするのが非常につらい。人々はこんな私にでも何らかの期待を寄せる。その期待はありがたいのだが、期待に答えられないことが非常につらい。<br />
<br />
さて、一方で葉蔵は鋭い洞察力を持っている。人間をよく観察していて、例えばその女性自身のパーソナリティーについての理解についてはまるで自信がないのに、女性の習性についてはよく理解していて、<br />
<br />
<strong>「用を言いつけるというのは、決して女をしょげさせる事ではなく、かえって女は、男に用事をたのまれると喜ぶものだという事も、自分はちゃんと知っているのでした。」</strong><br />
<br />
などとヌケヌケと抜かす。更に女性にこういう台詞を吐かせる。<br />
<br />
<strong>「……あなたを見ると、たいていの女のひとは、何かしてあげたくて、たまらなくなる。……いつも、おどおどしていて、それでいて、滑稽家なんだもの。……時たま、ひとりで、ひどく沈んでいるけれども、そのさまが、いっそう女のひとの心を、かゆがらせる。」</strong><br />
<br />
仮にこの私が、ほんの少しばかり女性にモテたことがあったとしたら、専ら上記の台詞の様な<br />
<br />
<strong>「男めかけのけがらわしい特質」</strong><br />
<br />
のみで成り立っていたのだと思う。<br />
<br />
葉蔵は最後には<strong>「脳病院」</strong>に入れられてしまうのだが、目下のところ私は脳病院には入れられてはいない。・・・にしても「脳病院」って。<br />
<br />
<br />
<br />
さて、この小説、非常に悲惨極まりない内容なのだが、何故名著として読みつがれるのだろうか。この葉蔵が太宰自身であることを疑う人間はあまりいないだろう。太宰は自分の陰惨な心模様をそのまま圧倒的な筆致でもって書き写している。だからこの小説には嘘がない。(葉蔵は嘘に嘘を重ねていくのだが・・・) 人は死なすは、女は騙すは、でロクでもないやつなのだが、ここまで正直に書かれると心が動かされてしまう。私はこの主人公の葉蔵をどう評価してよいのやら、正直よく分からない。ただ読むと思いっきり心を動かされる。自分が葉蔵になった気がする。他人の人生を追体験するのが小説だと仮定したら、この小説はチャンピオンなのかもしれない。<br />
<br />
<strong>「人間、失格。<br />
　もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。」</strong><br />
<br />
ま、一回読んでみると良いですよ。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>キンドル危機一髪！</title>
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		<pubDate>Sun, 06 Dec 2009 17:02:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ボーノ</dc:creator>
				<category><![CDATA[ネット関連]]></category>
		<category><![CDATA[モバイル機器]]></category>
		<category><![CDATA[日々の日記]]></category>
		<category><![CDATA[Kindle]]></category>

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		<description><![CDATA[私のキンドルが死にかけた。 ・・・・っとその前に、キンドルが無事手元に届いたこと自体をこのブログでは書いてなかったのだった。先日の記事に書いた通り、Amazon.comでポチッとなしたキンドルは、注文から4日後ぐらいにU [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
私のキンドルが死にかけた。<br />
<br />
・・・・っとその前に、キンドルが無事手元に届いたこと自体をこのブログでは書いてなかったのだった。<a href="http://bono-ism.com/blog/archives/1256" target="_blank">先日の記事</a>に書いた通り、Amazon.comでポチッとなしたキンドルは、注文から4日後ぐらいにUPSを使って無事我が家に届いた。で、早速やったことは、まず、バージョン2.3へのアップデート。それから<a href="http://twitter.com/takayama" target="_blank">takayama</a>さんが作られた「<a href="http://a2k.aill.org/" target="_blank">青空キンドル(仮) [Beta]</a>」で、キンドルに最適化された太宰治の「人間失格」PDFをキンドルにインストール。(この素晴らしいウェブアプリについては機会を改めて報告する予定) 当面はこの人間失格を読むのと他の用事などもあってしばらくはキンドルをそれ以上弄らないでいたのだが、今日、やっと<a href="http://twitter.com/ytsuboi" target="_blank">ytsuboi</a>さんの作られた「日本語フォント導入はっく」(<a href="http://www.ytsuboi.org/wp/archives/1152" target="_blank">Kindle Software Update Version 2.3に対応したUnicode Font Hack</a>記事中にアプリあり)を導入した。<br />
<br />
そこで事件は起こった。<br />
<br />
<span id="more-1296"></span><br />
<br />
「日本語フォント導入はっく」のインストール自体はスムーズにいった。しかし、フォントが気に入らないと言っては失礼なのだが、自己流のフォントに変えたい。作者のytsuboiさんとは先日の「キンドルに青空を」でお会いして以来、twitter等で親しくさせて頂いていたので、厚かましくもフォント変更の具体的な方法についてtwitter上でほぼマンツーマンで指導を受ける様な状態でフォント変更を敢行した。通常、この状態であれば失敗のしようが無い。しかし私はやらかしてしまった。以下に私がやらかしてしまったことに対するytsuboiさんの悲痛なコメントを以下に掲載。<br />
<br />
<img src="http://bono-ism.com/blog/wp-content/uploads/2009/12/e6facbd776574d155935e1d5d2491e2c.png" alt="スクリーンショット（2009-12-07 1.28.40 AM）" title="スクリーンショット（2009-12-07 1.28.40 AM）" width="460" height="56" class="aligncenter size-full wp-image-1301" />
<br />
順番に説明すると、まず私はytsuboiさんのブログのエントリーを読んで、fontsフォルダにデフォルトで入っているフォントと自分が使いたいフォント(以下、仮にボーノ・フォントとする)を交換すれば良い、と認識。早速、キンドルをUSBでパソコンに繋ぎ、ボーノ・フォントをキンドルのfontsフォルダに入れ・・・ここから先は決して真似しない様に・・・Sans.ttfとSerif.ttfというフォント達をデリートして、USBから外した。さて、これで再起動か、と思い、MENUボタンを押すもウンともスンとも言わない。これじゃあ、再起動しようにも出来ないじゃないか・・・あれ？ 何かオレって決定的なマチガイ犯してる？ そこで上記のytsuboiさんのコメント(笑) 幸運にもと言うべきか、Sans.ttfとSerif.ttfフォントは一応パソコンのデスクトップに避難させていたので、再びキンドルのfontsフォルダ内に戻してあげたら、キンドルも正常に動くようになった。<br />
<br />
つまり、Sans.ttfとSerif.ttfはファイル名としては絶対にいなくてはならないもので、従って私は、ボーノ・フォントを複製して2つにし、それぞれをSans.ttfとSerif.ttfという名前に変更し、それらをキンドル上のSans.ttfとSerif.ttfファイルに上書きしなければならないのだった。<br />
<br />
まぁ、本当はSans.ttfとSerif.ttfフォントを抜いて、パソコンからUSBケーブルを抜いた時点でキンドルがお亡くなりになっても決しておかしくはなかったので、そこはラッキーだったというべきか。しかし本当に危機一髪。ytsuboiさん、他人事ながら驚かしてしまって本当にスイマセンでした。良い子のみんなは私と同じ轍を踏まないように！ ・・・踏まないか(-.-;)</p>
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		<title>キンドルは出版界の黒船足りえるか。</title>
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		<pubDate>Sat, 28 Nov 2009 19:08:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ボーノ</dc:creator>
				<category><![CDATA[モバイル機器]]></category>
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		<description><![CDATA[昨日、「キンドルに青空を」というワークショップに行って来た。目的はまずキンドルの実物に触れ、更に現状では日本語が表示出来ないキンドルに何とか日本語表示をさせましょう、というもの。私はかなり冷やかし半分の参加者だったのだが [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
昨日、「キンドルに青空を」というワークショップに行って来た。目的はまずキンドルの実物に触れ、更に現状では日本語が表示出来ないキンドルに何とか日本語表示をさせましょう、というもの。私はかなり冷やかし半分の参加者だったのだが、結果・・・見事洗脳されて、Amazon.comにて先程ポチッとな、してきた(-.-;)<br />
<br />
<span id="more-1256"></span><br />
<strong>キンドルとの出会い</strong><br />
ある日、いつもの様にアマゾンのサイトに行くと、いきなりデカデカとキンドルの広告が・・・。確か、「キンドルを日本の皆様にお届け出来ることを非常にうれしく思います。」みたいなCEOのありがたいメッセージ付だったような気がする。自分で仕掛けといて「非常にうれしく思います。」って、なんだか如何にもアメリカのCEOが言いそうな発言だなと、妙なところに感心しつつも、最初の感想は、え？ アマゾンが電子ブック？ あ、そう。元は本屋だしね、ぐらいの印象しかなかった。<br />
<br />
<strong>キンドルって面白いのかも？</strong><br />
私は現在、宣伝会議の編集・ライター養成講座というのに通っているのだが、そこで講師でこられた米光 一成氏の、キンドルの液晶表示はとにかく目に優しいんだ、3G回線を使ってコンテンツを購入するのに、3G回線の料金は事実上アマゾンが持ってくれて、我々はコンテンツ購入料金以外に毎月の通信費の様なお金は払わなくていいんだ、というお話を聞いて、それって結構他にはないことだな、と思って、少しだけキンドルに対する興味が湧いた。<br />
<br />
<strong>キンドル実物とキンドルの回りに集う人々との出会い</strong><br />
そして、軽い気持ちで今日のワークショップに臨んだのだったが、まず目についたのが受講生のiPhone所有率の高いこと。みんな怖いぐらいに流行にしっかり乗ってるなぁと。そして、受講生の方々の知識レベルの高いこと。数名の方と名刺交換させて頂いたが、会社の社長だったり・・・今のところ、何者でもないオレ、ピンチ！(笑)<br />
<br />
さてキンドル本体。バックライトを使用しないE-Inkの液晶表示が想像以上に目に優しい。本で活字を読むのと変わらない、と書いても決して大げさではない。そして3G回線。驚いたことにブラウザ機能がついていて、モノクロではあるがこれさえあれば、どこでもネットサーフィン(死語)出来る。ネットサーフィンばかりされて、コンテンツが全く買われなかったたら、恐らくアマゾンは困るのではないかと思う。果たして、3G回線を自由に使えて、それでいて通信費を全く負担しなくてよいデバイスがキンドル以外にあるだろうか。<br />
<br />
キンドルの外観であるが、質感はまあまあ。液晶の回りはマットな感じのホワイト。裏は削り出しのアルミニウムみたいな感じ。若干iPodを意識してるかな？ 大きさはB5版ぐらいで、持った感じは決して重くなく、しかしながら軽すぎることもなくと絶妙。ガジェットとしての魅力もあるが、ただ本が読みたいだけの人にも訴求する、なにか普遍性を持ったデザインの様に感じた。<br />
<p style="text-align: center;"><a href="http://bono-ism.com/blog/wp-content/uploads/2009/11/IMGP0553.jpg" rel="lightbox"><img src="http://bono-ism.com/blog/wp-content/uploads/2009/11/IMGP0553-150x150.jpg" alt="kindle" title="kindle" width="150" height="150" class="aligncenter size-thumbnail wp-image-1277" />ワークショップで初めて触れたキンドル2</a></p>
<br />
<br />
<strong>総括・・・の様なもの</strong><br />
キンドルはAmazon.comのアカウントを持っていれば、例えばスタートページでいきなり「ようこそボーノ様」みたいに挨拶してくれる。3G回線経由で本を買うのも全く難しいところがない。とにかく恐ろしくユーザーフレンドリーなのである。これはiPod touch・iPhoneの設計思想をより発展させたものの様に感じる。そして、ユーザーが支払うのはあくまでコンテンツ(本)の料金のみ、というのも分かりやすい。なんというか、人間の生理に合ってるような気がする。<br />
<br />
こういうことを何故日本のメーカーは出来ないかといつも思う。音楽で言えば、CCCDだのなんだので自分たちの狭い範囲での権益を守ることに捕らわれている間に、Appleにまるごとシェアを奪われてしまった。電子ブックも同じ様な感じがする。業界の権益を守るため、ユーザーのニーズを軽んじた色々なセコイことをやっている間に、その市場をアマゾンにごっそり持っていかれてしまうのではないだろうか。今のところキンドル自体日本語には正式対応していないので大丈夫だろうが、キンドルが正式に日本語対応してきた時には結構怖い。結局のところ、顧客のニーズにピタッと寄り添う商品、サービスが勝つ。それを分かっていながらも、悪い意味での「和」を崩せないでいるのが日本の企業なのだろうか。業界の暗黙のルール、常識を破ってでも、顧客のニーズを満たす、という気概が感じられない。<br />
<br />
Appleは技術的な進歩に伴って、どんどん押せるボタンを減らしていく。日本の企業の商品は逆に機能が増えればそのままボタンが一個増えてしまうのではなかろうか？ 本来技術の進歩は、難しいことを、簡単、分かりやすい、に変える為に使われるべきだと思う。モノづくりへの拘り、愛情にかけては、日本人というのは相当優秀というか求めるレベルが他の国の人に比べて高いと思う。だから後は、すぐに堅くなる頭を常に柔らかくする。本当にこれだけだと思うんだよなぁ。<br />
<br />
ま、キンドルのワークショップを通じて、上記の様なことを思った次第。</p>
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