高度にシステム化された社会の行く末。

 
私が休学を決めるまで – T_ritama’s diary

これを日本の社会らしいと見るのか、あるいは現代らしいと見るのか・・・。確かに、平均的に見れば世の中良くなっているとは思う。特に日本は平和だし、インフラも充実してる。ただ、合理化に合理化を重ねて世の中全てがシステマティックになればなるほど、”想定されてない”人というのがエアポケットにハマって、まるで存在しない人の様に扱われる。考えたら恐ろしいことだが、現にリンク先の記事にあるようにそんな人が存在するわけだ。(フィクションじゃなければ、だけど。)

でもこういうのって、意外と多くの人が陥ってしまう危険性があるのかもしれない。例えば、将来的にマイナンバーが全てのサービスに紐付けられれば、面倒な手続きが減るかもしれないが、親族がいない、あるいは理由があって疎遠の人が、何かの間違いでマイナンバーが無効になってしまったとする。突然、身分を証明する術を失い、またあらゆるサービスが受けられなくなってしまい、頼るべき人もいない・・・まるで映画のような話だが、決してありえない話ではない。

そういう時に社会の隙間みたいのがあればいいのだが、そういうものが段々綺麗に整理されていっている。まるで新宿駅から乞食の姿がなくなってしまった様に。

いくらシステムが整備されても、想定外の事態は必ず起こる。例えば第二次大戦後すぐだったら、闇に隠れて、合法、非合法なことをしてその場をしのぎながら、やがて危機を脱することが出来るかもしれない。しかし、どこもかしこも綺麗に整理されて・・・乞食の例で言えば、乞食が10人寝泊まりしていれば、そこに11人目として潜り込むことも出来ようが、誰もいないのではどうしようもない。

そんな時に、世の中のシステムから外れてしまった人を無条件に受け入れるセーフティネットというのが必要なのではないだろうか。昔であれば、闇社会がある種のセーフティネットの代わりを果たすところもあったのだろうが、未来においては考えづらいのだから、それはやはり行政、そして国民一人ひとりが考えなくてはならないことだと思う。

・・・うーん、こんな曖昧模糊とした提案をしただけで記事を終えてはいかんな(笑) まあ、なんつうか、上記の記事読んで思ったのは、介護殺人なんかでもそうだけど、ご近所や親族との関係がどんどん希薄になる中、行政の用意したセーフティネットで救いきれない人はあっという間に追いつめられてしまって、かと言って、かけこみ寺の様な民間施設もほとんどなく、結局すぐに手詰まりになってしまう、という恐怖がどんどん高まってるなぁ、と思って。そういう危機感はみんなで共有しなくちゃならないだろう、とまあそういうこと。

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