泉谷閑示氏の本を読んで。

泉谷閑示氏の「ダイヤモンドオンラインでの連載」を読んで、氏の考え方に痛く共感し、彼の著作「「普通がいい」という病」「「私」を生きるための言葉」を読んでみた。

で、結論から書くと、これらは私が今まで読んだどの本よりも優れた思想書であり、私もこの本の内容どおり、まずは「世間」という名の「私」が存在しない「0人称」から「1人称」を獲得したいと思う。(なんのこっちゃ、と思われるかもしれませんが、ダイヤモンドオンラインのリンクを辿って、彼の考え方に共感を持てたのであれば、是非彼の著作を図書館で借りるのでもよいので、読んで見て欲しいと思います。)

「世間」からの脱却。

これがなかなか容易でない。特に日本に於いては、個を確立するという行為はなぜか、鬱陶しがられ、嫉まれる原因になりがちだ。

が、鎖国の時代はとっくに終わり、いやが上にも、ぬるま湯、仲良しごっこの世間から、それぞれが脱却、そして、個を確立せねばならぬ時代がやってきた。

個の確立。

私は、昨年秋ぐらいからtwitterを始め、多少は有名人のつぶやきをフォローもしている。そして有名人達はほぼ例外なく、ハンドルネームなどではなく、本名、芸名そのままでtwitter上の名前を登録している。最初はなぜだろう?と思ったのだが、答えは簡単だった。既に彼らは「1人称」の人間として独立しているからだ。彼らは既に個として活動し、自分の発言に対しては全て自分で責任を負っている。

聞く所によると、欧米で流行っている「Facebook」などもほとんどの人が本名で登録しているようだ。その辺りが、欧米人と日本人の差だろうか。多くの一般的な日本人はハンドルネームとしての自分のウェブ上の発言には責任を持つが、それでも本名は隠して、どこか責任を回避しているきらいがある。(私も全く人の事は言えないが・・・)

さて、少し話変わり・・・。最近の若手の漫才、コントを見て、素直に感心する。上手だし、テンポもよく、発想力も豊かだ。一方、彼らのコンビ名、グループ名はいい加減だ。だが、そこが重要じゃないことを彼らは重々承知しているのだろう。そこには中身さえ伴っていれば、コンビ名、グループ名など記号みたいなもので、どうでも良い、という自立した考え方が窺える。うん、日本のお笑いのレベルは確実に上ってるよ。

ただひとつ気になること。最初こそ、尖ってみえた若手芸人も、やがてテレビに頻繁に出演するようになり、ひな壇芸人ぐらいのポストを得ると、途端に空気を読み出す。これが面白くない。それまでとんがった「個」だった存在がお笑いの「世間」の一員になってしまっている。特に吉本の芸人は群れている様に感じる。芸人とは本来、世間からはみ出した存在であるべきではないのか。昔はやっさんの様なキャラクターも容認されていたが、いまやそれは「世間」が許さない。・・・これは、もしかしたら、昔よりも「世間」の影響力が増している証拠なのかもしれない。

先日、ケンドー小林と有吉の対談(元はラジオでの発言だと思う)で、有吉が吉本の芸人は群れていて生ぬるいと切って捨てていた。さすがは品川のことを、おしゃべりくそ野郎と言っただけのことはある。芸人としての気概を失っていない有吉に拍手。礼儀正しすぎる吉本の芸人にブーイング。

ところで、上でも少し触れたが、最近ますます「世間」が増長しているのではないか。「世間」というのは、いわば中学生のグループと一緒で、特段深い理由もないのに、誰かが「あいつ気にくわないよね。」といった途端、それが全員の暗黙の了解になってしまい、特定の誰かをいじめたり・・・と思えば、これまた深い理由もなく許したり、と、所属しているには実に無駄なエネルギーと観察力を必要とする場所、空間である。もはや、村社会ではいられない日本は、そんな「世間」から一刻も早く脱出しなければならないと思うのだが、最近は政治家の発言にしろ、芸能人のブログ記事にしろ「世間の常識」から少しでも外れていると、特定の誰かではない「世間の匿名の誰か」から手厳しいバッシングを受ける。いつまでもこんなことでいいのだろうか。

とにかく、そんな事で、私は、世間のどうでもいい気分的な空気には惑わされず、遅ればせながらなんとか「個」を確立したいと思う。「世間」の中にも、それを構成している個人個人のなかには絶対「個」の芽生えがあるはず。可能であれば、「世間」に埋もれてしまって苦しんでいる「個」達と、「世間」の様な依存関係ではない、独立しあった関係で同盟を結んでいけたら、と思う。

泉谷閑示氏の本を読んで。」への3件のフィードバック

  1. はじめまして89と申します

    私も泉谷閑示さんのネット記事を読んで「この人は本物だ」と感心し
    いろいろ調べていく内にラッチさんの記事に辿り着きました

    あなたの文章を読んでいくと共感することばかりで
    「ラッチさんわかってるなぁ」と失礼ながら心の中で感じました
    と同時に世間はわかりやすいものを好みかつ匿名であるが故に
    個の確立が広まるのはなかなか難儀なことなのかもなとも考えています

    今日は素晴らしい文章に出会えて嬉しいです
    ではでは失礼します

  2. 『ボーノ』です(笑) 別に『ラッチ』でも良いのですが初めてそう呼ばれたので・・・。

    スイマセン、ちょっと揚げ足取ったりして。

    89さま、コメントありがとうございます!
    毎日数名ですが、『泉谷閑示』という検索ワードでこの記事に辿り着く方がおられるので、しみじみこの記事書いて良かったなぁ、と思うと共に、今読み返しても、良し悪しはどうか分かりませんが、書いてること自体はそんなに間違ってないと思います。

    泉谷閑示さんの本は本当に良い本なのでもっと多くの人に読まれたら良いなー、と思います。そして私もブログもそんなに賑わっている訳ではないですが、ほんの数人でもよいので、誰かの共感を得られたり、知的好奇心的なものを刺激出来たら良いな、と思います。

  3. 同意見です。非常に良い本です。

    氏を知ったのは半年程前ですが、本は最近読んでいます。

    良い、というのは私にとってはずっと思っていたことだったからです。ずっと思っていたことなので、すぐ解る、のです。
    だから良い、と。

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