玉置浩二ショーに松井五郎が出てた。

12/18放送の玉置浩二ショー見た。4回目だし、もう聴くべき曲も聴いて、そろそろ飽きるころかなぁ、とか思ってたんだけど、なにしろ今回は松井五郎が出るというんだから、見るしかない。松井五郎の動く姿も見たことがなければ、声も知らない。写真でもちょっとしか見たことがない。そんなことから見ることにしたのだが、予想外にもというか、案の定というか、結局いつも通り玉置浩二の歌声に引き込まれて感動してしまった。

松井五郎。松本隆並とは言わないまでも、色々なアーティストやアイドルに作詞を提供している今や売れっ子作詞家である。しかしながら、私にとっての松井五郎はなんと言っても安全地帯の作詞家である松井五郎だ。憂いを帯びた玉置のメロディーに松井五郎の都会的な歌詞。松本隆/大瀧詠一、松本隆/細野晴臣に匹敵するような黄金コンビだと思う。

玉置と松井の対談で松井五郎が「一緒に遊んでた時期もあったけど、基本的に玉置とは正反対のパーソナリティーで、作品の中だけで恋しているような関係」といった趣旨のことを言っていた。そのことを松井五郎は「意外に思われるかもしれませんが」と前置きしていたが、ある程度長い間玉置浩二のファンをやっている身としては全く不思議ではなかった。なにしろ松井五郎の詩と玉置浩二の書く詩はまるで違う。松井が玉置のことを「自分で詩を書くようになってシンガーソングライターになった」と言っていたが、まさにそうだと思う。玉置が自分自身で書いた(あるいは須藤晃の書いた)詩で歌うことで玉置浩二はようやく等身大の自分に戻ることが出来、精神的な不調を乗り越えることが出来たのではないか、と想像する。つまり、それほど、松井の詩は決して玉置自身を表していたものではなかったということだ。ただ、それが悪いということではなく、松井五郎と曲を作っていくことによって初めて当時の安全地帯のテイストが出た訳で、当初から玉置が作詞し、「田園」みたいな詩を乗せていたら、きっと売れる物も売れなかったであろう。まあ、その安全地帯のイメージが玉置浩二にとってその後、段々重荷になって行くわけだが、それはまたそれで別の話で・・・。

ちなみに松井五郎の印象は歌詞のまんま、クールでオシャレな感じだった。あんまり意外性がないものだから、逆にこんな人なんだ!という感動は薄かったかもしれない(笑)

しかし、いつも思うが、玉置浩二の話やインタビューはあまり面白くない(笑) いっつも、愛を信じること、とかそんなことばっかり言ってる。そんなメンタリティだと「親に感謝、友達に感謝、オーイェー」みたいなダメなラッパーみたいな歌詞しか書けないのではないかと心配になるが、ところがさにあらず。詩を書かせると、喜び、哀しみ、その背後にある大きな愛をかざらない言葉で、深い感動を覚えさせられるものを書く。正直、最近は松井五郎より玉置浩二の詩の方が好きだ。玉置浩二は職業作詞家ではないので、詩をより心から書いている感じが伝わってくる。その点、松井五郎は作家として器用過ぎて、ストレートな感動からは少し遠いのかもしれない。

それでも・・・もし玉置浩二がまた安全地帯を再始動させる気が起こったのなら、その時は是非松井五郎に作詞を依頼して欲しい。玉置浩二自身も作詞も手掛けて、個人名義の作品も多く出し、玉置浩二がああいう人だ、ということがそれほど誤解なく世間に伝わってると思っているはずだから、安全地帯では松井五郎の詩によって、昔テレビで見たようなクールで暗い雰囲気の玉置浩二のフリをして、安全地帯のファンを甘く欺いて欲しいと思う。そういうことをしても、きっと玉置浩二もそれによって傷つくこともないはずだから・・・。

最後に・・・番組に竹原ピストルが出てて、玉置の前で「カリント工場の煙突の上に」を披露していたが、選曲がいかにも竹原だなと思ったし、それを完全に自分のものにしていてとても良かった。それにしても安全地帯で「ワインレッドの心」だった玉置浩二が、あの北海道の大地とおそらく玉置が入院していたであろう精神病院の光景がはっきりと目に浮かぶ「カリント工場の煙突の上に」を発表したというのは、改めて凄いことだと思った。「カリント工場」はジョン・レノンでいうところの「ジョンの魂」と同じ位置にあると思うのは私だけだろうか? ・・・話の方向性がぼやけて来たので、今回はこの辺でおしまい。

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