思い付き書き込み・その一。twitterから見る今後のインターネッツ。

今後はtwitterのみならず、余裕があればブログでもどんどんつぶやきにも似た、思いついたことをどんどん書いていこうかと・・・。
で、
今日は、ネットの今後について少し。今、twitterが流行ってるでしょ。あれって意外と原始的なツールというか、僕がふと思ったのは、またインターネットが普及していないころ、PC-VANなのパソコン通信という手段があって、私は文字列の交換だけにも関わらず、オンラインで知らない人と意見交換出来るのにいたく感動した覚えがあったが、非常にそれに似てるなぁと。


twitterのいいところは、こんなこと私的ブログの一記事としてもアップする意味がないなぁ、と思うようなことでも気軽につぶやけること。要は「疲れた」でも「今日は一日楽しかった。」でもなんでもとにかくつぶやくことに関して遠慮がいらない。その一方で、つぶやくことが習慣化して来て、なにかちょっとしたアイディア的なものをつぶやいた時に、同じ意見を求めていた誰かがフォローしてくれる可能性があること。私もブログをやっているけど、コメントを貰うのはよっぽど気合いの入った記事とか、フォトログだと素晴らしい写真が載っている時のみで、もはや赤の他人からコメントをもらおうとはあまり思っていない。だからフォトログなんかはより意思表示を簡単にしやすい拍手ボタンなんかをつけて、最近は拍手があったかどうかを励みにしている(笑)

ところが、twitterだと、ちょっとしたことをつぶやいただけで、意外とフォロワーが増えたりする。で、こっちも気軽にフォローをいれたりするともう毎回、画面が追いつかないほどつぶやきだらけで、ありとあらゆるレベルのつぶやきが画面上に氾濫する。そうすると一種のブレインストーミング状態というか、その雑多なつぶやきの中からインスピレーションや思わぬ発見するをすることもしばしば。だから、フォロー数、フォロワー数が増えれば増えるほど、混乱するだけかと思いきや、より刺激を受ける場所に変貌していくのだと思う。

で、結局のところ、twitterの面白さというか良さというのは、人と簡単に繋がれる、ということ。結局、ここはインターネット黎明期から変わっていないのではなかろうか。ホームページやブログも意外とそこから人と本格的な繋がりを持つのは難しい。かといって、mixiみたいな集いに参加するのもちょっと気が引ける。そういった言わばサイレントマジョリティーに一番適した交流手段として一番仕組みが簡単かつ優秀なのが、twitterなのではないか、と。そんなことをふと思った次第。

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