過去の話。

早いもんでもう8月。なんつーか、今年もこれといった進歩がなかったなぁ、というのが実感。『Aニュース』の記者になったりとか、多少の変化の兆しはあるが。

昔の職場の同僚で・・・非生産的な人のことを”うんこ製造マシーン”と呼ぶ同僚がいた(笑) 言い得て妙、というか。休日に特に何もしてない人などに向かって「あなたはうんこ製造マシーンですか?」などとよく言っていた。職場でみんなを驚かせるような発言をするのが好きな人だったが、実際はとても繊細な人だった。・・・繊細な人だった、と分かった風なこと書けばキレイに収まると思ってるのか?と、今ちょっと自分の文章にイラッと来たが(笑)、まあ本当にそういう人だった。


で、その”うんこ製造マシーン”の話を今の職場の同僚にしたら、同僚がそのフレーズをえらく気に入って。以来「今月も特にこれといったことはしなかった。うんこ製造マシーンですわ。」とよく言っている。ま、僕としては、同僚はとても仕事の出来る人だし、そんなに自分を卑下しなくても、と思うのだが、どちらかと言えば彼も私と同じで鬱気質の人間だ。

常に行動を起こしてないとチャンスに巡り会えない、というのはよく分かってるんだが、その一歩が出ないのが、非常に私らしいというか。でも、あんまり性格を直そうとかは思わない。例えば、求人なんかを見てると、元気のいい人、積極的に行動が出来る人、などというのが判で押したように書いてある。そこにもう違和感を感じる。結局資本主義の社会で求められるのはそんな人間ばっかりか、と。私はなるべく自分が元気のいい積極的な人間なんだと、自己暗示を掛けて、転職活動に臨もうとするのだが、職務経歴書作りには10分ぐらいで飽きて、もう他のことをやっている。自分でいうのもなんだが事務処理能力はそんなに低くないと思ってるし、なんとか社会の歯車として、どこかに居場所がある気はするのだが、どこでやっていくにも徹底的に自分を偽ってやっていくしかないのではないか、と絶望的な気分になる。

親戚のおじさんにいい大学を出て新聞記者になった人がいるのだが、その人は他人と折り合いをつけるのが非常に下手な人で、新聞社も上司と喧嘩して辞めた。次に入った有名企業も同じようにして辞めた。そして定年するまでトラックドライバーとして働いた。決してよい労働環境ではなかったようだが、おじさんとしては、ベターな選択だったのだろう。

話変わり。今日、久々に友人に会った。久しく連絡をとってなかったので心配していたのだが、なんのことはない、めちゃくちゃ元気だった。ただ・・・連れに最近知り合ったという新しい友達が来ていたのだが、どうもその新しい友達と遊ぶ方が楽しそうな感じだった。なんとなく、私は彼にとっては過去の人になっているような。私は人間関係が希薄なゆえ、一度友人になった人とは例えしばらく連絡がなかったとしても、出会った頃と同じようなつながりを感じているのだが、彼の中での時間の過ぎ方はもっと早いのかもしれない。・・・こうして書くとなんだか彼に振られた女のような感じだが(笑) そこが少しだけ寂しい気がした。でも、次から次へと人と出会う積極的な人は案外そんなものなのかもしれない。まあ、聞いた訳じゃないから、私の思い込みかもしれないし、別に薄情だと文句が言いたい訳でもない。ただ、私と彼との”違い”が少し悲しい感じがした、というお話。

なんとなく暗い話ばかりになってしまったが、これが今の気分なんでしょうがない。こういう風に生きていくのも自分なりの誠実さだと感じているし。

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