今回のリオ五輪は随分と印象に残るオリンピックだった。いきなり競泳400M個人メドレー、萩野の金に始まり、柔道勢の復活、卓球男子個人で日本人初のメダルとなる水谷の銅、男子テニス94年振りのメダルとなった錦織の銅、卓球女子団体の銅、また圧倒的な女子レスリング勢等など・・・って、まだオリンピック終わってないけど(笑)
最近はやたらとコスト面や安全面における開催のデメリットばかり取り上げられるけど、ああいった選手それぞれの思いや頑張り、普段なかなか見る機会のないマイナースポーツの中継などを見ると、やっぱりオリンピックを開催する意味はあるなぁと思う。オリンピックを利権にして私腹を肥やそうって連中にとっては段々旨味はなくなっているのかも知れんがね。
ところで・・・オリンピックの中継などを見て、ますます日頃感じている思いを強くしたのだが、それは、日本のスポーツ中継や報道って、競技そのものに対する敬意がないなぁ、ということ。例えば、卓球で水谷が銅メダルになったとする。そうなると普通はじゃあ、金メダル、銀メダルは誰なんだ、ということになると思うが、全然報じない。要するに日本人の活躍しか報じない。まあみんな日本人応援してるんだからある程度そうなるとは思うのだが、ただちょっと度が過ぎるというかね。
リオ・オリンピックの報道はなにが問題か?|情報・知識&オピニオン imidas
香山リカ氏の政治思想は私のものとは全く異なるものだし、無理やり自民党の憲法草案に話を繋げてる辺りは閉口せざるを得ないが、その他の部分は概ね同意出来る。『夫の協力、サポートがあって~』『天国の母のために~』うんぬん。まあ聞けば感動はするが、最初からその手の「これを聞かせときゃ視聴者も感動するだろう」というマスコミの浅はかな考えが透けて見えて嫌だ。長野五輪の時に日本のマスコミが、『この感動を誰に伝えたいか。』とか『次回のオリンピックも目指すのか。』など当日の競技の内容そっちのけの質問ばかりして、海外メディアが驚いたという話を聞いたこともある。
で、この前たまたま五輪女子ゴルフの初日の中継を見てたんだけど、そうしたら松岡修造がグランドリポーターとして、大山志保選手のお父さんと一緒にラウンドをついて回っていた。しかも手には「Quiet」の札を持って(笑) それを見て私は思わず。
「いやいやいや、お前の存在が一番うるさいから!」
と久々にテレビにツッコんでしまった。松岡修造がテニスの解説をやるのならそれはそれでいいのだが、ゴルフのラウンドレポーターでしかも大山選手のお父さんもついて回ってるんじゃ流石に大山選手も気になるだろう。(流石に少し離れた場所からレポートしてた様だが。)
普段ゴルフを見ない人も見ているかもしれないせっかくの機会なのだから、どのようなトッププレイヤーが参加しているか、とか、他の選手のプレーにもっと焦点を当てるべきだと思うのだが、なんだかねぇ・・・。
とまあ、上記のゴルフ中継はかなりひどい部類だったが、どの競技も日本人選手やそのご家族ばかり取り上げてる点では似たり寄ったりだった。
なんというかマスコミには、どうせみんな深くは興味ないんだろうから、仲間や家族との絆やら、準備から五輪に至るまでのドラマを紹介すればいいでしょ、という態度じゃなくて、この放送をきっかけに競技を始める人がいるかもしれない、またその競技のファンになる人がいるかもしれない、という視点で、競技そのものが持つ魅力、そして日本人選手が活躍したならば、素人には気づきづらいその選手の技の素晴らしさなどをもっとストイックに伝えるべきだと思う。それだけでも十分感動も伝わる。
そういう風に競技自体の魅了を伝えるべく視聴者に啓蒙するつもりで報道しなければ、いつまで経っても、特定のメダリストのファンは出来ても、競技そのものの人気が増したり、競技人口が増えたり、その中から次世代のメダリストが生まれたり、という環境は生み出せないと思う。
そんな訳で、まあ現状でも日本はたくさんのメダリストを排出しているし、マスコミが現在の様な報道姿勢なのも、実際に国民がそれほどスポーツに対して文化性を見出してないからなのかも知れないが、それでもなんだかそれでは寂しいな、と思って書いてみた。