戦後、日本はずっとモノづくりで、経済を、そして世界を引っ張ってきた。ソニー、松下、ホンダ、トヨタ・・・。どれもMade in Japanの立派なブランド。しかし、先進国での物質的なインフラは取り合えず完了し、各家庭に最低限の家電、クルマ、バイクなどが揃った。そこで、興ったIT産業。グーグル、アマゾン、イーベイ、マイクロソフト、アップル。日本企業の名前がひとつもない。なぜか?
なぜかは私も知らない(笑) 政府の怠慢か、民間企業の怠慢か・・・。ただITの分野を仮想のものとして軽く見てた部分はあるのだろう。
話は少し飛ぶが、イチローは道具を大事にすることで知られている。イチローがメジャーに来て驚いたことのひとつとして挙げていたのが、メジャーの人間があまりに道具を粗末に扱うことだったらしい。ただ、アメリカでは道具は道具、人間は人間、というある意味当たり前の考えがある。だから、使い終わったらその辺に放り投げる。しかし、日本人は道具に魂を込める。魂のこもったモノは当然大事にする。この辺は宗教的な考え方の違いから来てるんだと思う。
キリスト教圏は一神教。自分と神しかいない世界。一方、日本は多神教。八百万の神に囲まれて生きている。日本人は無宗教なんてよく言うけど、日本人ほど信心深い人種もいないと思う。敬けんなイスラム教信者みたいに毎日5回メッカの方角に向かって祈る、ということまではしないが、日本人の行動の端々に信心深さが滲み出ている。イチローが道具を大事にするのも、道具に魂がこもっているから、と考えているからに違いない。道具の制作者が一生懸命作ってくれたから、という理由だけではそんなに大事に出来るものではないだろう。制作者の魂がこもっている、と思うからこそ、大事にしているはずだ。
そして最初に挙げた、世界を席巻した日本のメーカー達。世界の他のメーカーと日本のメーカーにどんな違いがあったか、と言えば、ずばり、商品に魂を込めたか否か、であろう。モノを人間や・・・言ってしまえば、神と同じレベルに引き上げて商品を一生懸命作ったのだとしたら、どんなに優秀な社員を抱える外国メーカーでも敵わなかったであろう。
で、ITに話が戻るが、ITがこれから来るらしい、世界を変えるらしい、と日本のお偉い人達は予想は出来たと思うのだが、きっと仮想の世界には魂を込められなかったのであろう。ITを擬人化、擬神化出来なかったと言い換えても良い。一方、先に挙げたアメリカの各社は・・・私はアメリカ人じゃないから、この辺の類推はかなり怪しくなってくるけど・・・きっとITの先に物語を描く事が出来たのだと思う。ちょっとこじつけかも知れないが、形のないIT分野の方が、神の領域、ギリシャ神話の様なイメージを持てたのかもしれない。
そんな訳で・・・かどうかは知らないが(笑)、ともかく日本はITの分野で完全に出遅れた。さあ、ニッポン、どうしよう? ここで先に挙げたアメリカのIT分野を牽引する会社をもう一度見て欲しい。ひとつだけ毛色の違う会社が交じっているのに気がつくと思う。それはアップルである。アップルだけがモノづくりでも成功している会社だ。
アップルには、スティーブ・ジョブズという100年後の教科書にも載りそうなぐらいの偉大な経営者がいる。彼はモノづくりに異常とも言える執念を持っている。下記のエピソードが彼の性格を非常によく表している。
山中俊治の「デザインの骨格」 » スティーブ・ジョブスの台形嫌い
ある意味、モノづくりへのこだわりは日本人以上とも言える。日本に(私も含めだが)、熱狂的なアップル・ファンが多数いるのも十分頷ける話である。
しかし、ジョブズが凄かったのは、モノづくりだけではなかった。いや、正確に言えば彼の場合、モノづくりの定義がもう少し広かった。彼はモノの外側のデザインのみならず、内部のOS、ソフトウェアの部分での作り込みにも相当拘ったのである。
ウインドウズのソフトは、制作者によって、アイコンの位置がバラバラだったりするが、アップルのソフトは、みんな同じ制作者が作ったのではないか、と思われるぐらいインターフェイスに統一性がある。これが、アップルが非常に厳しいデザイン規定を外部の制作者にも強いているからだ。
私は日本のメーカーが参考にすべき会社はアップルだと固く信じる。アップルのインダストリアルデザインに対する拘りは、モノづくりの国、ニッポンと言えども改めて見習う必要があるし、何より見習う点は、インダストリアルデザインと同等か、現在ではそれ以上に、ソフトウェアに対しても美しさ(言い換えれば、誰でも簡単に扱え、且つ優雅に動作するという点)を追求した点である。
ITとハードが混在し、同居して使われる現在では、ハードウェアだけの性能が良くても、あまり・・・というよりほとんど意味がない。良い例が、iPodとウォークマンである。iPodは本体自体が革新的なデバイスであったが、ユーザーに支持された最も大きな理由は、iTunesという優れたソフトからiPodを使うまでの一連の動作が、美しく使いやすかったからである。ソニーは、音楽を取り込み、それをウォークマンまで導く大事な入り口の役割を果たすソフトウェアにあまり力を入れなかった。カセットテープの頃から、音楽の取り込みはユーザーがやるもの、という固定観念があったのだろう。しかし時代は変わり、今ユーザーがやることは、選曲し、ボタンを押すだけである。後の部分はソフトウェアが優雅に導いてくれなくてはならない。そこで少しでも使いづらい部分があったら、ユーザーをハードまで導けないのである。
アップルや、アマゾンが今やっていることは、垂直統合ビジネスなどと言われる。アップルの場合、iTunesStoreからiPod、iPhone、iPadへ。アマゾンの場合、アマゾンのEコマースサイトからKindleへ、ととにかく自社の製品だけで、一連の商品の出版、販売、流通、そしてそれらのコンテンツを視聴するデバイスまでの販売を全て一社で賄おうとするビジネスだ。ハードでビジネスをするなら、日本の企業もこれをやらなくてはならない。ソフト抜きのハードウェアだけを売るビジネスはもう存在しない。
と言う訳で、日本の企業に送る言葉は、「ソフトウェアにも魂込めろ!」である。
・・・今日は何様モードで書いてみた(笑)